ーー強く、なりたい
ーー強く、なりたい。
心は、うじうじ泣いてばかりでいつも受け身だ。
私はこんな弱い人間だっただろうか
身代わりになったお竹さん
後宮にいて、今はどうなっているかわからない、お梅さん
今も、無事かすらわからない、松丸と、栄さん
父上
母上
詩は、強くなりたい
。
きっと強く、なります。
自分に正直に
もし、高島の殿に会うことがあっても、
はっきりーー
「くすっ
」
小さな息のような音が聞こえて、詩は顔を上げた。
歩きながら詩をまっすぐ見る、牙蔵の口元が笑っている。
「
?」
牙蔵は詩を見つめて言った。
「
あの信継がね」
「
」
「ありゃ、本気も本気、命がけだ。
お前、もう逃げられないよ」
なぜかどこか楽しそうな牙蔵。
「
にも
心があります」
詩は少し反抗的に牙蔵に言った。
ーーいつも殿方に利用されて、翻弄されて、それを甘んじて受けるだけが、女子ではないはず。
父と母のように
愛し、愛され、敬い、敬われ
ましてもう『三鷹の国』はないのだからーー
「ふっ
お前は子どもだ」
「なっ
」
「
そうだろ?
信継の思いが肉なら、お前のは野菜だ。
ああ、水でもいい」
「
っ?」
「まだまだ子どもって意味」
詩はカッと頬を紅潮させた。
「もっとこうーー粘っこくて臭くて癖があってどうしようもなくドロドロした気持ちだよ、色恋は」
「
っ」
「好きな女子は手に入れたいもの。
好きだから当然大事にしたい。
だが、所詮男だから劣情もある。
男の支配欲も独占欲も強い。ある意味、女の嫉妬よりも男の嫉妬の方が怖い」
「
」
「ほら、全ッ然わかんないだろ」
バカにしたようににっこり笑う牙蔵に、真っ赤な詩。
「わっ
わかります
っ」
むきになって思わずそう言うと、牙蔵の顔から笑顔が消える。
「へえ
わかるんだ?」
目を細めて試すように詩を見る。「わかるなら
教えてよ
男と契ったこともないくせに」
牙蔵が試すように詩を見下ろす。
「ちっ
ちぎっ
」
思わず詩は赤くなる。
「それとも
経験が全く無くてもわかるって?
へーえ、すごいね」
平坦な声で言う牙蔵。
いつの間にか牙蔵は詩との距離を一歩近づけている。
その指が、詩の頬へと伸ばされーー
薄い微笑み
ほとんど無表情に近いその顔
なのに、チリっと焦げるような、牙蔵の瞳の奥の炎に、詩はどうしていいかわからなくなる。
「
っ
ごめんなさい
やっぱり
わかりません
」
詩は咄嗟に1歩引いて、顔を逸らした。
フッと牙蔵が笑う。
「ん。今はそれでいいんじゃない」
詩が見上げた牙蔵の顔は、いつになくなぜかとても優しくてーー
牙蔵がまた歩き出す。
「
」
「
」
数歩先でまた牙蔵がくるりと振り返った。
「
離れで、仁丸が待ってる」
「
っ」
きっと、たくさん、心配させた。ーー詩はキュッと唇を噛んだ。
「
」
「
早晩、また戦になる。
今の世は、そういう時代だ
確かな明日などない。
愛した人も、思った相手も、明日にはいないかもしれない」
詩は静かに聞く。
三鷹の国もーー滅んだ
たくさんの人が死んだ
。
確かなものは何もない。
何も。
だからこそーーみんな、生きるんだ、必死に、本気で
私も自分の気持ちに正直に
強くならなきゃ
「天下に近いと言われるここ高島さえ、安泰ではない
」
「はい
」
「お前も姫だったなら覚悟はあるだろうが
まあ。
信継も、仁丸も、皆、そういう毎日の中、生きてる」
「
」
「それだけわかってればいいんじゃない。
お前はお前なんだから」
ーーーーー
詩と牙蔵を見送った直後。
「壬三郎!至急、軍議だ
!
殿がお呼びだ」
本丸の方から、慌てた様子で重臣の1人が駆けてくる。
「弥五郎
っ
なんと?何があった?」
「
詳しくは広間でだ。急げ。
あ、若
!
ご無事でよかったです。
若も早くお越しください。
沖田家です
!」
「
沖田家?」
信継が怪訝な顔になる。
「あの平和主義の阿呆の田舎者がどうしたのだ?」
壬三郎が弥五郎を睨むように見る。
信継が神妙な顔つきで言った。
「
沖田家はつい先日、当主が代わった。
人のよい父親とは打って変わって、今の当主は野心家と聞いている」
壬三郎がハッとしたように信継を見た。
「
確かに、噂は聞いたことがありますな。
御子がなく、ほんの数年前に、迎えた養子がなかなかの
」
「どうやら先代は追放されたとか、幽閉されたとか
不穏な噂もある。
沖田は田舎ではあるが、豊かで広大な土地を持つ国だ
相嶋にもつかず、我が高島にもつかず
幕府とも朝廷とも友好的な関係を続け
今まではどこに利用されることもなく、戦を避け、中立を示していた珍しい国だが
」
「新しい当主は、沖田